2011年12月17日
「アトランティスの謎」で学ぶ 自分の身体の大切さ
【「アトランティスの謎」で学ぶ
自分の身体が思った通りに動いてくれることの大切さ】
スーパーマリオは、みなさん誰しもがプレイしたことがあると思います。
その手のゲームをアクションゲームというのですが、
ファミコンで昔、100面あるゲームがありました。
「アトランティスの謎」というゲームです。

これは、マリオで言えば「ドカン」の中や、
隠しで「ツル」を見つけて一挙にワープするのと同じで、
すべての面において、「隠された扉」を見つけて、
そこを進んでいくということになるゲームです。

「失われた大陸、アトランティス」
において、宝と、そこでいなくなった「師匠」を
探す旅、というのが目的のゲームなのですが・・・
これがいかんせん、操作が微妙なんです(^^;)
マリオのように動いてくれればいいのですが、
ちょっと押しただけでは動いてくれなかったり、
かと思えば、いきなり行きすぎたりして・・・
助走のつけすぎ、助走が足りない、
といったことで、あっちふらふら、こっちふらふら。
しかも、マリオと違って非常に虚弱体質で、
敵を踏むどころか、触れたら即やられます。
その割に、敵の攻撃はマリオ以上に激しいわけで。

もう、とにかく主人公が思い通りに動いてくれないことに、
イライラしながらプレイをしていたのを思い出します。
・・・まあ、それがくせになって、
気が付くとそれをどれだけうまくコントロールするかが
楽しくなってくるわけですが(笑)
で、ふと現実の自分のことも考えてみる。
自分の身体、どうあつかっているかな、と。
自分の思った通りに身体が動いてくれることを
当たり前だとして、考えていないだろうか。
何かしらのケガや病気によって
動かなくなってしまった方にとっては、
大切さは身に染みているかもしれませんが、
通常、あまり意識をしていないのではないか、と。
「アトランティスの謎」をプレイして気が付くこと、
それは「プレイヤー」の分身、ゲーム世界の自分が
「思った通りに動いてくれない」という苦悩。
逆にいうと、思った通りに動いてくれることに対して、
「なんてありがたいのだろうか」と思えることなんですよね。
現実の自分の身体が、
自分が思った通りに動いてくれるということが
なんてありがたいことなのか。
そして、そんな自分の身体をいたわったているか。
意外と、自分の身体の大切さについて考えたことがないのではないか。
一番身近な、自分の思った通りに動いてくれる存在、
それは自分自身の身体だと、そう感じています。
そんな自分の身体に感謝したり、いたわったりしないと、
自分の身体も、だんだんと思い通りに動いてくれなくなるのではないだろうか。
ということで、「アトランティスの謎」というゲームを通じて、
「自分の身体の大切さ」を学んだわけです。
みなさんも、興味があったらぜひやってみてくださいませ♪
「むずかしい」けど、それがだんだんクセになりますから(笑)
自分の身体が思った通りに動いてくれることの大切さ】
スーパーマリオは、みなさん誰しもがプレイしたことがあると思います。
その手のゲームをアクションゲームというのですが、
ファミコンで昔、100面あるゲームがありました。
「アトランティスの謎」というゲームです。

これは、マリオで言えば「ドカン」の中や、
隠しで「ツル」を見つけて一挙にワープするのと同じで、
すべての面において、「隠された扉」を見つけて、
そこを進んでいくということになるゲームです。

「失われた大陸、アトランティス」
において、宝と、そこでいなくなった「師匠」を
探す旅、というのが目的のゲームなのですが・・・
これがいかんせん、操作が微妙なんです(^^;)
マリオのように動いてくれればいいのですが、
ちょっと押しただけでは動いてくれなかったり、
かと思えば、いきなり行きすぎたりして・・・
助走のつけすぎ、助走が足りない、
といったことで、あっちふらふら、こっちふらふら。
しかも、マリオと違って非常に虚弱体質で、
敵を踏むどころか、触れたら即やられます。
その割に、敵の攻撃はマリオ以上に激しいわけで。

もう、とにかく主人公が思い通りに動いてくれないことに、
イライラしながらプレイをしていたのを思い出します。
・・・まあ、それがくせになって、
気が付くとそれをどれだけうまくコントロールするかが
楽しくなってくるわけですが(笑)
で、ふと現実の自分のことも考えてみる。
自分の身体、どうあつかっているかな、と。
自分の思った通りに身体が動いてくれることを
当たり前だとして、考えていないだろうか。
何かしらのケガや病気によって
動かなくなってしまった方にとっては、
大切さは身に染みているかもしれませんが、
通常、あまり意識をしていないのではないか、と。
「アトランティスの謎」をプレイして気が付くこと、
それは「プレイヤー」の分身、ゲーム世界の自分が
「思った通りに動いてくれない」という苦悩。
逆にいうと、思った通りに動いてくれることに対して、
「なんてありがたいのだろうか」と思えることなんですよね。
現実の自分の身体が、
自分が思った通りに動いてくれるということが
なんてありがたいことなのか。
そして、そんな自分の身体をいたわったているか。
意外と、自分の身体の大切さについて考えたことがないのではないか。
一番身近な、自分の思った通りに動いてくれる存在、
それは自分自身の身体だと、そう感じています。
そんな自分の身体に感謝したり、いたわったりしないと、
自分の身体も、だんだんと思い通りに動いてくれなくなるのではないだろうか。
ということで、「アトランティスの謎」というゲームを通じて、
「自分の身体の大切さ」を学んだわけです。
みなさんも、興味があったらぜひやってみてくださいませ♪
「むずかしい」けど、それがだんだんクセになりますから(笑)
Posted by くみちょう at 20:00│Comments(0)
│ゲームで学ぶ人生哲学