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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2018年07月04日

ゲーセンで学んだ秩序

私は、保育園の頃から「隠れて」
ゲームセンターに通っていました。
「隠れて」いた理由は、「あそこは悪い人の集まりだから」ってことで、
「行ってはいけない場所」とされていたから。
でも、実際毎日のように通っているうちに、
ヤンキーのお兄ちゃんたちがかなりやさしくしてくれたのを
いまでもよく覚えています。





今の俗にいう「チーマー」のような人たちと違い、
当時の「不良」たちは、秩序をもっていたんですよね。
私のような保育園、小学校低学年の子がいると、
やさしく対応してくれたし、
逆に私がゲームがうまいことを知ると、
「なあ、いまのところ、どうやったらクリアできるのか教えてくれない?」
なんて言って、私にお願いをしてきたものでした。
私はその中で、ヤンキーのお兄ちゃんたちにゲームを教えて、
そのお礼としてお金をもらったり、
ジュースをおごってもらったりしながら、
ゲームを楽しんでいたものでした。

彼らは、「社会の理不尽さ」には対抗していましたが、
だからこそ、大切にすべき人間性という面では、
私たちを大切にしてくれたなと、そう思っています。

事情も知らずに怒鳴り込んでくる大人たちに対しては、
私を匿ってくれたりもして。

逆に、恐喝とかをする人たちが出てくると、
「あいつら追い出すぞ!!」というような形で
むしろ秩序を保っていたのをよく覚えています。


その時、そんな彼らから感じた、学んだことは、
「人間性」でした。
肩書きだとか、社会的地位だとか、そんなものによらず、
「いい人間はいい人間なんだ」ってこと。

一年365日のうち、300日はゲームセンターに行ってました。
そのくらい、ゲームも好きだったし、当時のお兄ちゃんたちは
いろいろとよくしてくれたものでした。
ゲームが好きなのはもちろんでしたが、
あの空間自体が好きでした。


いま思い返せば、
本当にあの時にいろんなことを学んだなって。



それが、いつからか、そうした「やさしい不良」ではなく、
「秩序もなにもないおかしな人たち」が
増えてきたのは、小学校4年生を過ぎたころでした。


その話は、また後日にしたいと思いますが、
本当に、小さい頃、ゲームセンターにいたお兄ちゃんたちから、
たくさんのことを学んだし、よくしてもらったなあと。


「理不尽な大人やその仕組みには対抗するけども、
人間性は損なわないように生きる。」

できそうでできない、大切なことだと、そう思います。  

Posted by くみちょう at 05:03Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2014年03月12日

【「ファミリーベーシック」から学ぶ 「人の成長の仕方」】

小学生時代に ファミコンで「ベーシック」に触れてから
「プログラミングっておもしろそう!!!」
と思ったのがはじまりだったんですよね




それが小学校2年生の時

でも当時の私は何をしていいのかさっぱりわからず(×0×)

その手の本がどこにもなくて・・・
というか そもそもどんな本を読めばいいのか
「ベーシックって何?」ってところからだったので
探すことすらできず・・・

その2年後 古本屋で見つけた「ベーシック入門」という本で
はじめて「インベーダーゲーム」つくれた時には
ものすごい感動したものでした(^^)

プログラムなんて 何が何だかわからなかった当時の私
それでも 本に書いてある通りに打ち込むことはできたわけです

たった48行のプログラムを打ち込むのに
丸一日ずっと打ち込み続けていたことをいまでもよく覚えています
実際 20時間くらい ご飯を食べることも忘れて
打ち込み続けていたんですよね

えっ?なんでそんなに時間かかったって?
だって 英語もローマ字すらもわからない小学生が打ち込むわけですから

「【DEF SPRITE・・・】」とか書いてあるのを見て
一文字一文字を 「キーボードのどこにあるのかなー」って探しながら
「あった!!!【D】があった!!!」
なんてしながらですからね

ホント 打ち込みが終わった時はもうそれだけでおおよろこびですよ!!!

そして【RUN】と入力する

・・・エラーがないとゲームがはじまるわけです♪

でもエラーがあると

【ピッ】という音とともに
「ERROR 210」とか出るんですよね

だいたいはアルファベットの打ち込みミス

それが終わって
「よっしゃー!!!」と思ってプレイしたら

ビームを打った瞬間に

【ピッ】

「ERROR 300」

なんだろう?って見てみると「GOTO ○○」の数字が間違っていて
プログラムの無限ループがあったりして・・・

そういうのを一つ一つチェックして
やっと無事にプレイできた時のあのよろこび!!!(≧▽≦)


そのあとは・・・
だんだんとそのミスから
「あれ?もしかしてあの数字の部分 そこに行けって意味になるのかな?」
「。。。ってことは 数字を変えれば こうなるんじゃないの?」
って ビームが当たったら即クリアにしてみたり
逆に ビームが当たったらスタートに戻ったり

・・・もしかしてこれが「インベーダー」だから・・・
ここを「マリオ」に変えて・・・
「ビーム」を「ノコノコ」に変えて・・・・

「マリオ」に「ノコノコ」を当てると倒せる!!
よっしゃー!!!!(≧▽≦)

そんな感じでずっと遊んでいたんですよね


・・・
そんなファミリーベーシックから学んだこと
それは「人の成長の仕方」

まさに私自身が経験したこと
これがそのまま人の成長の方法になるんですよね

はじめは「とにかくマネをする」
ところが「マネ」すらも失敗している
でもその失敗によって
「これがこうなるのか」ってことがわかってきて

次は「ちょっと変えてみる」
それが継続していくうちに

「自分のオリジナルのもの」が出来上がっていく

そう【見様見真似からスタートして 最後はオリジナルにすることが成長】なんですよね


でもこんな成長の仕組みが
大人になると忘れてしまって

「なんでいきなりできるようにならないんだろう」とか
「マネじゃなくて はじめからオリジナルをつくろう」とか

段階を踏まずに成長することを求めたり
期待したりするようになってしまうんですよね


でも そうじゃないよね
小さいころの自分が楽しんだ ファミリーベーシックから学んだこと
【人の成長の仕組み】
改めてこれを思い出して
いまの自分も焦らず着実に成長していきたいなと そう思いました


今回の学び
【ファミリーベーシックから学ぶ 「人の成長の仕組み」】でした  

Posted by くみちょう at 21:59Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2013年11月07日

【「人生ゲーム」から学ぶ 参加の意義をもたせる】

【「人生ゲーム」から学ぶ 参加の意義をもたせる】
~ 人をやる気にさせるコツは「いつでも主役」足りえること ~

みなさん 小さいころに落書き帳にすごろくつくって
あそんだことはありませんか?

私はテレビゲームも好きですが
それが高じて学校でもやりたいと思って
自由帳にゲームを作っては遊んでいました

で 友達と一緒にいろいろとつくっていましたが
面白半分に「スタートに戻る」ばっかりにしてみたりとか
全部のマス目にイベントをつくるとかやるわけです

でつくったその時その瞬間はそれも面白いけど
すぐ飽きるんですよね

なぜか

それは繰り返すうちに「勝ちのパターン」が見えてきて
誰かがその「勝ちパターン」に乗るか
または「自分が負けパターン」
(勝ちパターンにどうしても乗れない状況)になったら
即それで「終わり」だから

途中で投げ出してしまうことによって
「負け」側はもちろんですが
「勝つ」側も面白くなくなってしまう

では どうしたら面白くなるのか

それは「選択肢」をたくさん用意して
「いろんな方法でもクリアできるようにする」こと





ここでボードゲームの「人生ゲーム」はなんでおもしろいのか
について触れていきます

それは「人生最大の賭け」もそうだし
途中の「しかえし」もそうなんだけれど

「序盤で大きな後れを取った」人でも
途中途中で挽回できるチャンスがあること

だからこそ 中盤も後半もダレずにプレイし続けることができる

職業だとか 結婚 保険 株などのいろんな要素もありますが
どの要素において「相手に後れを取った」としても
「【挽回するチャンス】がある」ようにできているんですよね

そう 人生ゲームがなんでこんなにもおもしろいのか
そして長年愛され続けるボードゲームなのか

それは「誰もがゲームの主役として居続けることができる」ということ
つまり【参加の意義】があるってことなんですよね


さて・・・現実に置き換えてみた時
この「参加の意義」ってことについて考えてみたことありますか

たとえばセミナーや勉強会
「自分には陽が当たっていない」と感じたら
その瞬間に冷めませんか?

相手と話をしていて
「自分のことは気にもしてないな」と感じたら
話そうという意欲は失せませんか?


誰だって「主役」として活躍できる
「陽の目を見たい」と思うのが人ってもの

もちろん「縁の下の力持ち」的なことが好きだったり
それをやってくれる人もいますが
それだってその結果として「自分が支えた人が陽の目を見ること」で
はじめてよろこびになるわけです

ということは・・・
基本的には「一人一人 参加者全員が陽の目を見る」ように
「いつでも私(オレ)は主役になれるぞ!!!」
というふうに思える工夫が大切なんですよね

【セミナー講師】だけが光り輝いているセミナーだったり
ごく一部の人だけがもてはやされている会議だったり

そんなのはみんな 参加したくないし
参加していても「意義を感じない」ので投げやりになります
なって当然です

そうならないための工夫をすること
人生ゲームで言えば「人生最大の賭け」であったり
「しかえし」であったり
後半になると金額が大きくなって「巻き返しが可能」なような
そんな一工夫を「セミナー」でもそうだし
「会議の場」でももたせることができると
それだけで参加者たちはやる気になります


ということで
今回はボードゲームの金字塔「人生ゲーム」から学んだ
「参加の意義をもたせる」でした


ひさびさのゲームから学んだでしたが
やっぱり私はゲーム好きなんだなーってしみじみ思いました  


Posted by くみちょう at 02:59Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2013年04月23日

「ドラクエ10」から学ぶ 「人の役に立つ方法」

【ドラクエ10】から学ぶ 【人の役に立つ方法】
~誰でも必ず役に立てるもの~

おはようございます♪
今朝は「ドラクエ10」の画像からスタート
私が「ルイーダの酒場」に登録しているのが
こちらの「僧侶」です





・・・「僧侶」とか言いながら
素手で「ばくれつけん」をうちまくる
攻撃型僧侶なんですが(笑)

これが おかげさまで「レベル17」の頃から
酒場に登録していただけで
現在「レベル22」まで成長させていただきました♪

オンラインとなった」「ドラクエ10」では
「自分がゲームができない間」でも
こうして「酒場」に登録しておくと

「仲間」として使ってくれた人がいると
それに応じて経験値やゴールドがもらえるのです♪


そんな事前説明をしつつ 本題

【人の役に立つ】ってことについて

私はドラクエはじめてまだちょっと
当然 上級者たちに比べたら「役になんか立てません」
でも そんな私でも「酒場」に登録しておくことで
「仲間」として「役立ててくれる人」がたくさんいます

なぜか

それは【必ず後輩がいるから】
私よりも さらにあとからゲームをはじめた人にとっては
私のようなものでも【先輩キャラ】として
すごく役に立つことができるんですよね♪


人が「役に立つ」ってのは
別に【上級者】にならなくちゃいけないわけではない
なぜなら どんなことでも必ず【後輩】がいるから

後輩からしてみたら 自分は必ず【先輩】になります
自分にとっては大したことないように見えることでも
その【後輩】たちからしたら 【頼れること】だったり
【助かること】なんですよね♪


そう 「人の役に立つ」ってのは
【いまの自分をさらけ出す】だけでいい
【誰でも必ず役に立てるもの】なのだから

そんなことを ドラクエ10から学べております♪

やっぱりゲームっていいよね♪  


Posted by くみちょう at 06:49Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年11月23日

「影の伝説」から学ぶ 知ったつもりになるな

「影の伝説」





私の記憶している限り
はじめに触れた忍者ゲーム・・・のような気がします

あっ 嘘です!!

はじめはジャレコの「忍者くん」が先ですね
そのあと 弟の「忍者じゃじゃ丸くん」をやって
ハドソンから出た「忍者ハットリくん」をやって・・・

だから四本目ですね

ちなみに 他の三本とも
「しゅりけん」で戦うわけですが
このゲームは「しゅりけん」だけではなく
「刀」でも戦うことができます





相手も使ってきます
(知らずに近づくと斬られます)





さてこのゲーム
はじめのステージのクリア方法がわからなくて
苦労したものでした

・・・なんじゃこりゃー!!!
ともかく左(なんとなく進行方向)に進めば
クリアできると思っていた私は
当時ぜんぜんクリアできなかったものでした





実際には 忍者たちを一定数倒すと
写真のような「僧兵」(?)が出てくるので
それを特定の数倒すことで一ステージクリアになります





2ステージ目は すごく忍者っぽい面ですね
下側が水路になっていて
そこから敵が出てくるわけで

この面はすごくわかりやすいですね
なぜなら 画面下側に「敵の数」が出ております
これが「ノルマ」でして
倒して「ゼロ」になればクリア

うん。一面よりもむしろ楽ですね





そして三ステージ目





ここは「上」に って矢印が出てるからすぐわかります
ひたすらに上を目指すだけ
ここもまた楽ちん

・・とか思って油断していると
横からの攻撃にやられるわけです





最後は四ステージ目





「天守閣」のようです
最上部にいるお姫様を助け出せばいいので
そこに向かっていくのですが





この途中の階段がくせものでして
ここで結構やられるんですよね

まあそこもクリアすると
ついにお姫様がとらわれているところに
たどりつくわけです





縛られているお姫様の縄を
刀で切ると助け出すことになります





で 城の屋上からハイジャンプを見せて
元いた森まで逃げていくわけです





つーか 姫様抱えてすげージャンプ力だなと





でもアホなことに
こうして手をつないでいるにもかかわらず
後ろから来た敵忍者に またもや連れ去られます(笑)





で二周目のスタートなんですが・・・





二周目になると 急に難易度があがりまして(^^;)

こちらのしゅりけんは刀ではじき落とす

敵の攻撃(火炎)は当たれば一撃死

まじかよ・・・と思いつつも
距離をとってしゅりけんを投げつつ

相手の攻撃をジャンプして避けつつ
真下に向かってしゅりけん投げたりなどなど
なんとか工夫しながらやることで
やっと倒しました

・・・が そこまで





その次のステージで
敵の波状攻撃にあい あえなくゲームオーバー


まあ 無限ループのゲームだしこんなもんでしょ?

・・・と幼少期からいままでずっと思っていました

クリアってのがあるんですね!!!

「影の伝説 1周目 クリア」


まさかまさかの・・・26年を経て
はじめて「エンディング」があることを知りました!!!





・・・やばい ゲーマーとしてこれをやらないのは
許されません!!!

ということで
これからは折に触れて「影の伝説」をやり
クリアにこぎつけたいと思います


・・・てか 「蝶」は倒せるものだったんですね(^^;)





・・・ということで 「学び」ですが
実は当初用意していた学びよりも
「エンディングがあった」ことが衝撃でして・・・

「知ったつもりになるな」というのが
なによりもの このゲームをプレイしての学びになりました


くっそー!!!絶対クリアしてやるからな!!!  


Posted by くみちょう at 17:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年07月28日

「ドラクエの戦士」から学ぶ 「あたりまえの大切さ」

みなさんはドラクエの「戦士」について
どんなイメージがありますか

私の中では
「直接攻撃が強い」
「壁役」
「動きがトロい」
「勇者がいるから不要」
「魔法しか効かない敵相手に役立たず」
「装備が弱いと役立たず」
「装備のお金がやたらとかかる」
「全体攻撃ができない」
「後半役立たず気味」
・・・

途中から「マイナスイメージ」
ばかりが浮かんでくるのは私だけ?(^^;)

てなわけで そんな「戦士」について
あらためてまとめてみたいと思います



まずは「なんで戦士が役立たず」に感じられるのか
ということについて考えてみたいと思います

「戦士は強くて当たり前」
おそらくこの一言に集約されるのではないかと

ドラクエシリーズの戦士は
日頃の戦闘で 敵を倒してくれる
体力が多いので壁役にもなってくれる
と日頃すごく役になっていますよね

敵を一撃で倒してくれるので
攻撃をくらう回数が少なくなる
パーティのほかのメンバーとの連携を
考えなくてもいいので楽ちん

しかも MPがすぐつきる魔法使いや僧侶とくらべて
どんな状況でも役に立つ


・・・というのが「戦士」
なんですが、そのイメージが「あたりまえ」になっていて
気がつくと「敵を倒してあたりまえ」
「一撃で倒してあたりまえ」「役に立ってあたりまえ」
ということになってしまう

そのせいで「直接攻撃がきかない」
といった特殊な敵や中ボスが出てきた時に
「役立たず」なイメージが残ってしまう

また 後半になると
魔法使いや僧侶もMPがたくさんあるので
「強力な全体攻撃」だとかもガンガンできるようになる
そうなると 戦士の役割が減ってきて・・・

ということでゲームをやりこめばやりこむほど
せんしなしのパーティを組んで
冒険をはじめるようになったりするんですよね

だけどそこで改めて気がつく

「ああっ 戦士がいないと苦労するな」と





「あたりまえ」のような存在
パーティに戦士はいて当然
「RPGの基本」
「とにかく力を強化して 敵を叩く」
この基礎となる存在をすっとばして
応用である「魔法使い」や「僧侶」
「賢者」がいいからと手を出すと
あとがたいへんなことになる

これ 現実社会でもよくあることですよね

人は 役に立つことが「当たり前」になると
それを基準にしてしまう

そうなると「基準」から外れた時だけ
記憶に残るようになる


結果として「役立たず」なイメージができてしまう

そうではなく どれだけ日頃「役に立っているのか」
「ありがたい存在なのか」「必要なのか」
ということに気がつくこと
そして気がついたら大切にすること
それが必要だということに気がつけます


ということで
ドラクエの「戦士」の存在から
「当たり前の大切さ」に
改めて気がつくことができました

これからはみなさん
戦士を大切にしてくださいね


・・・とか言っていますが
私は大切にしません(爆)

なぜって?そんなの決まってるじゃないですか

「ライアン」より「アリーナ」の方が
パーティに入れてて気分がいいから(爆)

かわいい王女様武闘家をパーティから外してまで
むさい男の戦士なんかいりません!!!(断言)



・・・女戦士ならいいか?(笑)  


Posted by くみちょう at 12:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年03月24日

人生の「リセットスイッチ」押してみませんか

「人生にも【リセットスイッチ】はある」
~実績は消えても経験と知識は残る~





「人生にリセットスイッチはない。
ゲームの世界のように、都合よくリセット押して
やり直しなんかできない。それが世の中だ。」
という人たちがいます。

が、私は「人生にも【リセットスイッチ】はある」
と、そう思っています。

それはどういうことか。

「リセットスイッチを押すと。
それまで記録されていた得点が消去されます」






これはファミコンのリセットスイッチの説明文です。


それまでがんばって出してきた「得点」が消去される。
インベーダーのようなシューティングゲームであれば、
それまで出してきた得点が0になる。
それまで進めてきた面もすべてやりなおしになる。

それって「都合」いいのでしょうか。

もし本当に都合がいいのであれば、
「得点」も記録したまま、
自分が進んだところも記録したまま、
だけど、失敗した部分だけなかったことにして、
やりなおすことができる。

そういうことであれば、「都合いいな」と思います。
でも、そうじゃない。

リセットボタンを押すことで、
一からすべてやりなおし
することになります。


では、何でリセットボタンって押すのでしょうか。
リセットボタンを押すことに何の意味がある
のでしょうか。


それでも自分の中に残るものがある。
やりなおす価値があると思うからこそ、
リセットスイッチを押している
わけで。


では、その残っているものとはいったい何なのでしょうか。


それは「経験」と「知識」です。

多くの失敗をして、成功もして、
「こうやればうまくいく」「こうやったら失敗した」
だから「次はこうしたい」という、
「自らの意思」がそこに生まれたからこそ、
「リセットスイッチ」を押す意味ができる。


これ、人生においても
もっとも大切なことではないか、と
私はそう感じています。


「ゲーム」における「リセットスイッチ」と同じように
人生においても「リセットスイッチ」を押すことはいくらでもできる。

たとえば「転職」

それまで積み上げてきた、前職での「実績」
前の職場での「得点」は、なくなります。

でも、すべて消えたわけではありません。
自分の中には、「経験」と「知識」が残ります。
それを次にどう活かし、どうしていきたいのか。
そうした「自らの意思」がそこに生まれたからこそ、
「転職」も意味があるわけです。

これがまさに「人生のリセットスイッチ」ではないでしょうか。


では、なぜ人生のおける「リセットスイッチ」
あるにも関わらず押すことができないでいるのでしょうか。

実はこれ、ゲームをプレイしていても思います。
「リセットボタン」を押してやりなおすこと。

これが「できそうでできない」

たとえば、200時間もかけてプレイしてきたRPGのデータ。
消したくなくて、やり直せないでいること、
あなたはありませんか。

「リセット」してやりなおせば、
いまの「知識」と「経験」を活かして、
より一層よいプレイができる。よい成果が出る。

それがわかっているのに、リセットできない。

自分がこれまでやってきたこと、
その「実績」に目がいって、
かけてきた「時間」や「労力」に心を奪われて、
「やり直そう」という想いが消えていく。


「捨てられない」「やり直せない」
「もったいない」
と思って、「リセット」ができない。


でも、本当にそれって「もったいない」の。

やり直しても、身に着けてきた
「経験」と「知識」は消えない。
それを元に、やり直せば
「よりよい成果」は出せる。

やり直すこととやり直さないこと、
どっちが本当に「もったいない」の。



人生って「リセットを押そう」と思えば、
いつでも押せる。その人の意思次第。

ゲームにおける「リセットスイッチ」
同じように、人生における「リセットスイッチ」

思い切って、押してみませんか。


リセットしても、
自分の中に蓄積された「経験」と「知識」は消えません。

いまの「実績」「得点」よりも、
やり直して得られる未来の「実績」「得点」に目を向けて。。。

  


Posted by くみちょう at 10:00Comments(2)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年03月09日

「三國志」から学ぶ 情報の大切さ

というわけで、「三國志」をひさしぶりに
じっくりたっぷりとプレイしてきたわけですが、
改めて、それを通じて大切なことを学びました。





それは「情報」の大切さ。

昔から、何度となくプレイしていると
「どういう状況なのか」はなんとなくわかるわけですが、
それってすべて「過去の経験」の中でわかっている
「情報」なんですよね。

「敵国に攻める」にしても、





「相手の国は兵力はどのくらいなのか」
「武将はどんな武将がいるのか」
「どんな戦い方をしてくるのか」

「自分の国の武将はどのくらい戦えるのか」
「どういう戦い方ができるのか」
「どのくらいで戦いが終結するのか」

そのあと、すぐにまわりの国に攻め込まれる可能性はないのか
隣接する国の兵力は 武将は 国力は





そうしたことがわかっていないと、攻めることすらできない
むしろ、自分がしかけておいて、そのあと漁夫の利で
攻め取った国どころか、本国まで落とされかねない。





では、着実に国力を高めていけばいいと思ったとして、

「どのくらいの知力がある武将が、
どのくらいのお金をかけると
どのくらい開発が進むのか」

「その効果があらわれるのは何月で、
何回収入を得られると元が取れるのか」

そういったことをじっくりと考えて
みていかないとわからないんですよね。





で、それがわかってはじめて、
「戦略」を立てることができる。
「まずは公孫さんを倒して、そのあと董卓から
武将を寝返らせて、国力と兵力を増強し、
袁紹と戦って・・・」など。

それを、個別の戦術で補いながらやっていく。
「関羽なら、知力高いから火計でもいける。
追い詰めて火計でなんとかしよう」など。





ということで、すべては情報をきちんと得てこそ、
はじめて「戦略」も「戦術」も立てられるわけです。


そう、「情報」がいかに大切なのか。
何度もゲームをプレイしていると、
「なんとなくこうだろう」
「だいたいこうなっている」と想像できている。
経験から導き出させるものだったりしますが、
はじめてプレイしている時には、
まずはきちんと情報収集するところから
スタートしないといけないわけです。





普通のゲームをプレイしている中から、
そうしたことが学べることは本当にすばらしいですね。
小さい頃から、「三國志」をやり続けてきて
よかったなあと、そうつくづく思いました。


ということで、
「三國志」から学ぶ 情報の大切さでした。  


Posted by くみちょう at 17:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月20日

ファミコンは黄色いもの



日焼けして
黄ばんでこそ、ファミコン(^皿^)

ちなみに、おとなりにうつってる
ファミリーベーシックのキーボードが元の色です。


うん。同じとは思えないですね。

でも、そんなきれいなファミコンはファミコンじゃない!!
そんな気がします。

最近、ますます絶好調で稼働している
現役ファミコン本体のお姿でした(^-^)v

みなさんのおたくにも
押し入れで眠っているファミコンはいませんか?
たまには起こしてあげてくださいね(^-^)
  


Posted by くみちょう at 00:23Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月14日

「ポケットザウルス十王剣の謎」から学ぶ 謎解きの楽しさ

「ポケットザウルス十王剣の謎」から学ぶ 謎解きの楽しさ





当時、「16連射」で有名な「ハドソン」の「高橋名人」
高橋名人との連射勝負で有名な「毛利名人」
(というか、個人的には「千切り」みたいなスタイルで
あんな連射ができたのかがいまだに疑問なんですが ^^;)

そして、「バンダイ」の「橋本名人」と、
たくさんの名人がいた中での、そのバンダイの名人が
主人公となったゲームです。




※ ホギャーじゃねえよ、よけろよ!!
というつっこみを何度となく入れた記憶がある・・・
のは私だけじゃないはず。


ゲームのストーリーとしては、
主人公である「橋本名人」に対して、
このゲームのボスである「サラマンダー」が
突如現れ、雷を喰らわせてきます。
で、ポケットザウルスに変化させられてしまった
橋本名人は、自分の姿を元に戻すためにも、
「サラマンダー」を倒そうと、
「タイムカプセル」に乗り込んで追いかけていく・・・





というストーリーだった・・・気がします(笑)
元々が、「バンダイ」が販売していた
「ポケットザウルス」という文房具のシリーズの
キャラクターを使ったゲームでして。
文房具が「恐竜」の形をしていたりするわけです。
たとえば、恐竜の口が「ホッチキス」になっていて、
「噛む」ことでホチキスが止められる、とか。
子供心に、こういうの欲しくなりますよね♪

で、そうした「ポケットザウルス」がゲームになった、
ということだったと思いますが・・・
あまり、そうしたポケットザウルス自体の意味はあまりなく、
要は普通のアクションゲームだったという(笑)





で、アクションとしては、
「橋本ザウルス」の攻撃手段は、
「ブーメラン」なんですよね。

Aボタンでジャンプ
Bボタンで向いた方向にブーメランを投げる
上を押しながらBでブーメランを上向きに投げる
下を押しながらAボタンで、降りる



登場キャラクターたちは、まさに「ポケットザウルス」たち
向かってくる敵キャラクターたちは、
かわいい恐竜グッズたちなわけですが。
・・・それぞれ、名前があるんですよね。
で、キャラによっては、そうした自己紹介的な
文章が画面に表示されたりするわけで。

このあたり、コミカルにしながらも、
ゲームが楽しめるようにしてあるな、と思うわけです。
バンダイがつくるキャラゲーとしては、
そういう意味でもよくできている部類かなと。

また、このゲームには
「とつぜんですがクイズの時間です」
とかいうわけのわからないものもありまして。
特定の場所に設けられていて、
通過しようとすると、クイズに答えることになります。
正解すると、それぞれ得点がもらえて、
失敗すると、残念な音楽が流れる、という。





まあ、失敗してもリスクはないのでいいのですが。
子供心に、そうしたクイズとかが難しかったりしたものです。

このゲーム、途中までは横スクロールのアクションですが、
途中からシューティングになります。
こうした、途中で変わるというのもまた、
飽きない仕組みとしては、よくできていたと思います。





で、そのシューティングを超えると、
後半戦ということで、
ボスが待つ本格的なステージに以降します。

そっから先は、若干難易度が上がっている気がしますが、
はじめの「恐竜ステージ」とかであれば、
まあクリアは容易かなと思います。





途中に出てくるアイテムですが、
「シールド」を取ることで
「スーパーはしもとザウルス」(名前は?)
に変身できて、ブーメランが3連発できたり、
スピードが速くなったり(ちょっと早くなった気がする)
体力も全回復したりと、至れり尽くせりなアイテムです。





他にも、「一定時間得点が2倍になる」
「2」とかかれたアイテムや、
「ダイヤ」(特定の隠し場所に入ったり、交渉に必要)や、
体力回復の「H」なんてのもあったりするわけで。

これまた、敵を倒したり、途中に出てくる
「カプセル」を取ることで出てきたり、
ふつうに途中においてあったりします。


で、まあここまでは、
普通にアクションゲームだと思うわけですよね。
けど、タイトルに「十王剣の【謎】」とついているわけで。
「謎」を解かないといけないのです。

でも、そもそもそれが意味が分からない。
当時、9歳だった私。小学校3年生。





各ステージにいるボスを倒すと出てくる言葉。
「アンゴウを ニュウリョクせよ」





まあ、何かしら入力するんだろうけども、
はたして何をどうすればいいのか。

ボタンを押すと、
「あっさりと」次の面に進みます。





「あれっ?あってたの?」

・・・でも、これがまちがっていたであろうことは、
その後のプレイの中で見えてくるわけです。


それは、ゲームオーバーをすると出てくるこの画面。





「たいけつ しますか ?
B NO  A YES」
これで、YESを選ぶと、なんとラスボスである
「サラマンダー」との対決になります!!





「なんじゃそりゃー!!」
まさか、ゲームオーバーすることが
ラスボスとの対戦につながるとは・・・

「それなら、すぐ死ねばいいんじゃん」
と思うかもしれませんが、勝てません(爆)

そこが、この「十王剣」の「謎」なんです。
きちんと、十王剣の謎を解かないとクリアできない。
※ あたりまえです


各ステージのボスを倒した時に落ちてくる「十王剣」
それをきちんと手に入れるためには、
各ステージごとの「あんごう」を探し出して、
それをクリアの際には入力しなくてはいけない。

・・・で、「あんごう」らしいものを探していくわけですが・・・

ここからが、このゲームで学んだこと。

まさに「試行錯誤」の連続です。

「アンゴウをニュウリョクせよ」
のメッセージの後、押したボタンを全部チェックしておき、
「どのボタンは、押しても反応がなかったか、あったのか」
ということを記入していきます。

A・・・だいじょう
B・・・ダメ
上・・・ダメ
左・・・ダメ
右・・・ダメ
下・・・ダメ

ゲームノートにこんなことが書かれ始めます。
で、そんなことをやっていて、ふと気がつくわけです。

そういえば・・・
途中の「中ボス」みたいなの倒した時に、
何かそれらしいのが出てたよな、と。





あっ、「アンゴウ」って言ってた!!

「この【アンゴウ】をおぼえておくがいい」って!!
ということになり、早速メモを見直すと、





「ABLR」

よっしゃ!!これで先にすすめる・・・
と思いきや、ここで大問題発生!!

「L」って何?「R」って何?

そうなんです。小学校低学年の当時、
「英語」なんてわかるわけもなく、
「A」や「B」はわかるけど、「L」とか「R」って何?
ということで、試行錯誤がはじまるわけです。

とりあえず、押せるボタンは、
「十字キー」「セレクト」「スタート」「A」「B」しかない。
ということは、その中のどれかということだ、と。

「十字キー」をそれぞれ見ると、
「上」「下」「左」「右」
これらがそれぞれどれかになっているわけだ・・・

ということで、ここで登場「大人に聴いてみよう!!」

で、お父さんやお母さんに聞いてみるわけです。
「ねぇ、上って、英語でなんて言うの?」
「ねぇ、下って、英語でなんて言うの?」

・・・とりあえず、わからない状態が続く中、
たまたま、英語を教えていた親戚が来ていて、
「上は、Up、下はDown、左はLeft、右がRight」
と教えてくれました。

「おおっ、ということは、【ABLR】は「AB左右」だ!!!」

よろこび勇んで、ゲームを再開。
結果は・・・





見事成功!!!

「よっしゃー!!!」(≧▽≦)

当時、ものすごい達成感だったのをよく覚えています。

ということで、「ポケットザウルス十王剣の謎」から学ぶ
「謎解きの楽しさ」でした。

ちなみに・・・このゲームの単語がまさにそうですが、
「英語」が大の苦手である私が、
何を隠そう、英単語(ゲームで出てきたもの)だけは
ほぼ完ぺきに使いこなすという快挙を成し遂げておりまして!!
「ファイヤー」=「炎」
「ブリザード」=「吹雪」など、完璧すぎる英語マスターっぷりを
発揮するのは、もう少し後のことになります。
  


Posted by くみちょう at 01:30Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月12日

「バイナリィランド」から学ぶ 同時に二つ作業をしない

「バイナリィランド」から学ぶ 同時に二つ作業をしない





ということで、「GURIN」と「MALON」
を同時に操作する、というこのゲーム。
非常に斬新な発想ですよね。

タイトル画面で「どちらをメインプレイヤーとして動かすのか」
を決めて、スタート。

メインで動かすキャラクターは「十字キー」でそのまま操作し、
ボタンを押すことで「攻撃」ができます。





が、選ばなかったもう一方のキャラクターは、
「上下」は同じように動きますが、
「左右」は逆転して動きます。

要は、「右」を押したら「左」に、
「左」を押したら「右」に動くわけです。


このゲーム、画面下部からスタートして、
「GURIN」と「MALON」が
画面上部の「ハート」のところに
「同時に」たどり着くことでクリアになります。





で、はじめてプレイした時には、
これがものすごく難しいわけです。
なにせ、「二人のキャラ」を同時に見て、
それぞれを動かしていかなくちゃいけないから。

で、難しいのは、単なる「パズルゲーム」だとしたら、
調整するだけだからいいのですが、
ここに「敵」が出現することがやっかいなんですよね。





片方に意識が向いている時に、
もう片方の目の前に敵が出てきた時とか、
「焦って」敵を倒そうとするわけですが、
その時に、上記の通り「操作が逆」になるので、
よく「逃げるはず」が「敵に近寄ってしまった」り、
攻撃するはずが、「逆方向に攻撃」したりして、
それで失敗を繰り返すことになるんですよね。





「同時に二つのことを見て動かせ」

と言われると、人間って難しいわけです。
それどころか、自分の両手ですら、

「左手の小指をあげたら、右手の親指をあげる」
「左手の親指をあげたら、右手の小指をあげる」
これを交互にやってみましょう。

というのですら、間違えることがあるわけで。
それが、ましてやコントローラーで操作、
挙句に「左右が逆転します」なんて、
「できるかー!!!」
となりがちですよね。


で、この「バイナリィランド」
それまではぜんぜんクリアできなかったのが
ある日突然クリアできるようになりました。

それは何か。

実は、このゲームは、「蜘蛛の巣」が妨害でありまして、
ひっかかると「動けなくなる」というものがあります。
で、プレイヤーが両方とも動かせなくなるとダメですが、
片方が捕まっただけなら動けるんですよね。
むしろ、捕まっている間は敵にやられないので、
片方の動きに集中することができるんです。





そのことに気がついてからは、クリアできるようになりました。
そう、「あえて片方は蜘蛛の巣にひっかけておいて、
敵を全部倒してから、安全になったら助け出してクリアする」
そんな風にやるようになったんです。





これ、ゲームだからではなく、現実でもよくありますよね。
「仕事」等でも、たくさんのことを同時にやらなきゃいけないこと。
でも、実は「同時」とは言いながらも、
本当に「同時」にすべてを動かす必要があるかというと、
そうでもないことが多い。
「順番にやっていく」ことで済むのに、
中途半端に同時にやろうとすることで、
むしろこんがらがってわけがわからなくなったり、
それぞれでやるよりも遅くなったり、効率悪くなったりする。

でも、そこで「一つに集中」することによって、
順番にやってあげるだけで、できることはあるんですよね。

それも、バイナリィランドのように、
「二つ同時進行」だとしても、それぞれでできるし、
一人一人の作業だとしても、
「まずは敵を全滅させる」
「次に二人を合流させる」
といった要素に分解してやることで、
「順番に」やっていけば、クリアできるようになるわけです。





その視点、つい焦れば焦るほど忘れがちですが、
こうして「バイナリィランド」をプレイしていたことを
思い返すことで「ちょっと待てよ」となるわけです。

同時にやろうとせず、順番にやることで解決する方法、
それをこのゲームから学ぶことができました。


ということで、
「バイナリィランド」から学ぶ
「同時に二つの作業をしない」でした。



ちなみに、
このゲームもタイムオーバーというのがあるので、
「片方を早々に蜘蛛の巣につけて・・・」
ということをやっているとクリアできない可能性も出てきます。
なので、現実の仕事の場合とまったく同じで、
これまた「同時にやることによる時間短縮」なども
考慮してプレイする必要があるんですよね。

それもまた、現実とのリンクで、大切なことだと思います。
  


Posted by くみちょう at 21:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月11日

「マイクタイソンパンチアウト」から学ぶ 自分のリズムの大切さ

「マイクタイソンパンチアウト」から学ぶ 自分のリズムの大切さ





任天堂の名作ボクシングゲーム。

もともとは、金色のカートリッジで、
ディスクのマリオゴルフUSオープンの
全国大会の景品だったりしてるんですよね。

当時「欲しいけど、USゴルフ持ってないし・・・」
と嘆いていたら、そのあとに製品版として発売されたので
やったね!!!ってことで購入した記憶があります。


さて、そんな「パンチアウト」
商品化にあたって「マイクタイソン」が追加されたんだそうで。


普通にプレイしていて「スーパーマッチョマン」
までしかいったことがない私としては、
「あと一人」でまさに「マイクタイソン」に挑戦できたのに、
結局、一度もスーパーマッチョマンを倒せずじまいでした。

何度となくプレイしていたんだけどなぁ・・・

そんな、ラスボスが当時の最強ボクサーである
「マイクタイソン」なんですが・・・
ボクシングとかよく知らない私でも
「すげーな」と思った記憶はあります。


で、ゲーム内容ですが、
これまたよくできているんですよね。

各キャラに、それぞれ特徴がありまして。
たとえば、
「パンチを撃つときに必ず首をかしげる」
「パンチの前に手をぐるぐるまわす」
「アッパーの前にはおおげさにしゃがむ」
などなど。
そして、基本的には相手がパンチを打ち終わった後に
隙ができるので、そこでパンチを打ち込むわけです。





基本的な操作としては、
「左右」でそれぞれの方向に「スウェー」
「下」で「ガード」
「パンチ」は、Aボタンで「右パンチ」Bボタンで「左パンチ」
通常、そのままパンチをすると「ボディ」狙い。
「上」を押しながらパンチで、それぞれ「顔面」狙い。

時折、相手にパンチが当たった際に出る「☆」
これ一つごとに、一発必殺技の「アッパーカット」が打てます。
それが「スタートボタン」

あとは、隠し要素として、
各ラウンド終了時に、セレクトボタンを連打
(または長押し)によって、次ラウンド開始時に
ある程度体力が回復します。

敵にダウンをさせられると、ボタン連打で起き上がります。
が、ダウンのたびに連打回数が多く必要になり、
3回目で「TKO負け」となります。


で、上記の通り、敵のパターンを見つけて、
隙にパンチを打ち込んでいくのですが、
これが、単にパターンを見つけるだけじゃないんですよね。

はじめは、適当にパンチを撃っていれば勝てますが、
途中からは、パンチしてもほぼ全部ガードされるようになります。
で、特定の回数ガードされたり、
敵から攻撃を受けると、「バテて」しばらくの間、
攻撃やガードができなくなります。
こうなると、回復するまでよけ続けないといけません。

でも、どんなにうまくやっても、
敵によってはバテざるをえなかったりもして、

また、「右パンチだけ」とか「左パンチだけ」とか、
「ボディだけ」とか「顔面だけ」とかでもダメなんですよね。
きちんと左右、ボディと顔面を打ち分けないといけません。
敵によって弱点もあるし、
たとえ弱点じゃないとしても、
同じ攻撃ばかりだとすぐにガードされるようになります。





でもホント、このゲームは、
敵キャラクターがかなり個性的で、
そのパターンを見つけることが楽しいので、
いろいろな試行錯誤をしながら、
気がつけばクリアできている、そんなゲームです。


さて、そんな「パンチアウト」から何が学べるのか。

それは、「パターン」が崩れた際の怖さです。
逆に言うと「自分のリズムの大切さ」です。


パターンがあると、どんなに強くても安心なんですが、
パターンがないと、どんなに弱くても大変なんですよね。

リズムがつかめないというか、
やりたいようにできない苦しさというか

パターンの攻略をすることで、
自分の中でもパターンというか、リズムが出来ます。
それがプレイしていて心地よいし、楽しいんですよね。

でも、終盤で性質の悪い敵がいます。
そんなに強い、というわけではないんですが、
リズムがとれない敵なんですよね。

で、一回リズムを崩すともうぼこぼこになる。
やれていたこともできなくなる。

で、一回負けて、下のランクに落ちると、
もう一度倒した相手を戦うことになったりするのですが、
「いままで勝てていたやつらにも勝てなくなったりする」
あれれ???おかしいな、と思うのですが、
これがおもしろいくらいに勝てなくなるんですよね。






このあたり、現実の生き方でも同じですよね。
いつもできていたことも、
何かでつまづくことで、他全部のリズムがくるって、
できなくなってきてしまう。

どんなに難しいとか、大変だとか言われている仕事でも
自分のリズムやペースで淡々とやれば、
いずれできあがることが見えている。

だけど、それができないと途端に不安になって、
不安がゆえに、いつものこともいつものようにできなくなる。


こうなってはじめて気がつくんですよね。
「自分のリズムの大切さ」に。

ふとした時に「自分」というものを見失いがち。
むしろ「大きく違う」時にはわかるんだけども、
「ちょっと違う」という時が性質が悪い。

普段の自分がわからなくなることで、すべてができなくなる。

でも、そういう時が来ることを事前に想定しておき、
「リズムを取り戻す方法」をきちんとつくっておくことで、
どんな状況にも対応できるようになるんですよね。

ということで、
「マイクタイソンパンチアウト」から学ぶ
「自分のリズムの大切さ」でした。



ちなみに、いまも覚えています。
「マイクタイソン」と直接対決ができるパスワード。
「007 373 5963」
これを入力することで、直接対決ができます。
まあ、たいていは「瞬殺」されて終了しますが(笑)
  


Posted by くみちょう at 10:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月09日

「爆笑!人生劇場」から学ぶ人生はコントロールできるから楽しい

「爆笑!!人生劇場」から学ぶ 人生はコントロールできるから楽しい





「人生ゲーム」と言えば、タカラトミーの名作ボードゲーム。
たぶん、日本人であれば一度や二度は遊んだことがあるでしょう。
その「人生ゲーム」的ボードゲームを、
ファミコンでつくったのがこのゲーム。

とはいうものの、ほかにもこの手の「人生ゲーム」的な
ゲームはたくさんあるわけですが、
個人的には、このゲームが一番出来がいいと思っています。

※私が持っているのは「2」なので
2の画面でお送りいたします。





この「爆笑!!人生劇場」の特徴としては、
大きく分けて二種類の人生があります。
一つは「学生」として能力をどう高めていくか。
もう一つは「社会人」としてどう過ごしていくのか。

序盤の「能力」に応じて、「社会人」としての生き方も
ある程度左右されます。





「勉強」をがんばってくると、「一流大学」から「企業」へ
「運動」をがんばってくると、「スポーツ大学」から「プロ」の道へ
どちらも中途半端だと、「フリーター」へ

その後、お金があるかないかで、
「土地」や「株」「建物」なんかが買えるので、
お金が儲かるようにしたり、
または「能力」に応じて結果が変わったりすることも
あるので、考えて行動することが求められます。





で、ボードゲーム系、サイコロの出た目によって
ある程度は「運」に左右されてしまいますが、
最終的には「自分でどうしたいのか」という選択が
その後の人生を決めていくことになるわけです。

たとえば、学生時代に「がり勉コース」
「運動コース」「帰宅部コース」などが選べますが、
どのルートを通るかで、イベントが変わってくるわけです。

「運」の要素は大きいですが、
ある程度は自分で決められるわけですよね。





で、この手のゲームは友達とやりあうのが楽しいわけで。
この人生劇場も、友達とよくやったものです。

その時にこんな言葉が出てきたものです。

「おいー、止まったマス目なんか関係なく
勉強くらいやっておけよー!!」とか
「運動能力いくらなんでも低すぎだろ!!
多少は運動もしろよー!!」など。

うん。まさにこれ。
「ゲーム」をやっていて、一番思うこと。
「この客観性」を現実の世界でも持てればいいな、ということ。





ゲームの世界だと、わかりやすいイベントや、
能力も「知力」「体力」「つき」という
わかりやすい三つの項目で、数値化されているので、
一目見て「ぱっ」と状況把握ができるわけです。

でも、現実だとそうした数値が見えないから
「もっと勉強しておけばいいのに」とか
そうしたことを考えられないんですよね。

そもそも、そうした「数値」がわかっていたとしても、
「勉強するのか」と言われたら、
現実にはしないことも多々あるのかなと思いますが。

でも、ゲームの世界とはいえ、主人公たちは
「自分の分身」なわけですから、
ゲームの世界の主人公たちに望むことは、
現実の自分にも同じことを望めるし、
現実ならばそれをやろうと思えばできるんですよね。

そう、ゲームの世界よりも、よっぽど現実世界の方が
「好きなことができる」わけで。
自分が望んだとおりのことをやろうと思えばできるんですよね。

「自分の人生をコントロールする」
ゲームを介してではありますが、こうして自分の人生を
現実の世界も客観視した上で、「どうしたいのか」を
考えると、いろいろと見えてくるし、やりたいことも
出てくるのではないだろうかと、そう思います。





で、上記ゲーム内での出来事を考えてみます。
決まったマスを、サイコロふって移動するだけ。
そんな人生、おもしろいんでしょうか。

たぶん、ただ決まったできごとをこなすだけであれば、
何にもおもしろくないでしょう。

なぜこの手の「人生ゲーム」がおもしろいのか、というと、
「選択権」が自分にあるから、なんですよね。

「この職業、なれますがどうしますか」
「はい ・ いいえ」

「ゲームがある やりますかやりませんか」
「はい ・ いいえ」

ゲーム内なので、二択が多いですが、
そうした選択を自分がしたことによって、
結果が左右されるからこそ、面白いと感じる。
つまり、「自分が人生を左右できる」から面白いんです。


上記の通り、実はゲームよりも現実の世界の方が
何倍も、何十倍も、選択肢も多いし、自由にできる。
自分の人生、実は自由に左右できるんですよね。

自分自身が、人生をコントロールできるということ。

こういうゲームを介することで、
そうした「客観視」しやすくなります。

・・・となると、このゲームだけの話ではなくなりますが、
でも、こうして「客観視」することで、
「人生って、思った以上に自分でコントロールできるんだな」
ということに気がつけると、
今まで以上に人生が楽しくなるのではないかなと、
そう感じています。

ということで、今回は、
「爆笑!!人生劇場」から学ぶ
「人生はコントロールできるから楽しい」
でした。





ちなみに私は、「ドキドキするけど ドーンといけ!!」
ということで、人生「ドーン」と生きてます(笑)  


Posted by くみちょう at 15:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月08日

「天地を喰らう」から学ぶ 可能性を追求すること

「天地を喰らう」から学ぶ 可能性を追求すること





「天地を喰らう」
「本宮ひろ志」作の同名マンガをゲーム化したものです。
とはいっても、まったく同じもので、
アーケード・セガサターンでアクションゲームが出ておりまして、
そちらと混同する方もいらっしゃるかとは思いますが、
(私も、アーケードの初代が好きでして、よくやってました)
今回、とりあげますのは、ファミコン版RPGです。





カプコンと言えば、
「ソンソン」「魔界村」「ストリートファイター」でおなじみ、
アクションゲームメーカーかと思われがちですが、
実は、RPGも面白いものをつくっているんですよね。

特に、この「天地を喰らう」と「スウィートホーム」の二作品は、
歴史に名を残すレベルの名作RPGだと、私は思っています。

なぜか。それは「独特のアレンジ」による
「おもしろさの追求」にあるからです。

原作とは多少変えてもいいから、
より面白いものをつくる、という発想。
それがあるからこそ、いいものができる。

・・・と、まあべた褒めしましたが、
実際によくできたRPGです。





特に、音楽が絶品です!!
すべていいのですが、戦闘音楽がおススメ。
普通に出てくる敵武将戦の音楽が最高で
ものすごくテンションがあがります!!

さて、ゲーム自体の説明にうつりますが、
一般的なRPGと同じく、経験値やお金があります。
HPやMPの代わりに、兵士数と策略ポイントがあります。
特殊なところとしては「兵糧」というものがありまして、
兵士を食べさせていかないと、歩いているだけで
兵士数が減っていくことになります。





武将の強さが、そのまま闘いの際に影響するけれども、
兵士数によって、その攻撃力とかが変わるのは
非常におもしろい、というかよくできたシステムだと思います。
一般的なRPGでは、死にそうになっていても攻撃力が同じだったりしますが、
兵士数が少なくなれば攻撃力も低くなるのは当然であって、
そうしたことをこの当時から取り入れていたのはすごいところですね。





計略も、誰を軍師にするのかによって、
策略のポイント(他のゲームでいうMP)も変わってくるし、
使える策略も変わるので、これまた重要なんですよね。




※ 個人的には「リジュ」とか好きですね。

特に、素人考えだと、「諸葛亮孔明」がメンバーに加入すると、
もうずっと「諸葛亮」を軍師にしてしまいがちですが、
他の計略、たとえば「暗殺」だとかは、
諸葛亮は使えなかったりします。
また、闘いの最中には、「知力」が、計略の成否を分けるのですが、
「軍師」にしてしまうと、6人以上メンバーがいる時には
戦闘に参加できなくなってしまうので、
「諸葛亮」に計略を使わせたいのであれば、
あえて軍師にしない、ということも必要なるわけです。
そういったところを意識して変えていくことが必要になるんですよね。





また、ほかのRPGなどでよくありますが、
「レベルがあがってくると、魔法を使わず、
ひたすらに殴るだけ」になるゲームが多い中、
このゲームは一撃死となる「暗殺」や
直接攻撃すべて無効となる「げきめん」などがあるため、
後半になっても「策略」が非常に重要で、
意識して使うことになります。





また、レベルが上がるのは、「五虎将軍」のみなので、
基本的にメンバーの底上げをするためには、
「敵将」をとらえて、登用する必要があります。
当然、はじめは雑魚武将ばかり出てくるわけですが、
それでも「兵士数」が決まっているため、
「数合わせ」のためでも、盾代わりになる武将を入れたり、
「強い」のに、兵士数が不足しているから入れられなかったりと、
そのあたりも、いろんなプレイの仕方があり、
ゲームとしての幅をもたせることにつながっています。





戦闘中の体力ゲージ。
はじめはピンク色で、それがオレンジに変わってと、
色合いによって、1メモリあたりの単位を大きくしています。
要は、見た目でどのくらいの兵士数なのかが
戦闘中にわかるようにしてあるんですよね。
細かいところですが、しっかりしています。





さらにシステム面では、戦闘で「そうこうげき」
というのがあるのは便利ですね。
特に後半の、こういう細かいところでのシステムまわりが
名作はしっかりしているんですよね。

また、敵の兵士数(HP)や強さがわかるRPGというのもめずらしいですよね。
それによって、戦術を立ててプレイできるのは大きい。
弱いところから叩いていくとか、いろいろと考えられるわけです。





まあ、そんなこんなで、プレイを開始するわけです。
演出面でも、当時のファミコンとしては、
こうして「画像」が出るのはうれしい演出ですよね。





また、武将の漢字も、きちんと表記されているところとか。
当たり前のようでも、こうしたところがしっかりしていると
非常にやる気が出るものです。


で、ここからが「天地を喰らう」をプレイしていて、
一番すごいな、と思ったところであり、
「学んだ」というポイントになりますが、
当時の「認識」「常識」を覆すことをやっています。
ゲームの「可能性を追求した結果」だなと思います。





たとえば、「袁術」を倒した際に、「逃がす」かどうか、
「逃がさない」を選んでも、「た・たのむ見逃してくれ!!」
というのが、「いいえ」にしても繰り返されるわけで。

まさか4回「いいえ」を繰り返すと「斬首」できるとか、
当時の発想の外をいってましたね。

当時、ゲームと言えば、同じコマンドを二回やって
変わらなければもう変わらない、と思っていたので、
こうした変化がすごく自分の中で「おおっ!!」と思ったものです。

特に、このゲーム最大の山場である
「諸葛亮孔明」を味方につけるのに、
説得の方法がわからなかったんですよね。





三国志といえば、自分も好きで
マンガや小説でも読んでいたので、
「三顧の礼」だとかは知っているわけです。
となると、ゲーム中でも「劉備本人が説得に行かなくちゃいけない」とか、
「三回話しかければいいんじゃないのか」とか、
そういったことをいろいろと試してみるものの、うまくいかない。





で、原作だとある話として、
やっと出会えた諸葛亮孔明に対して、
「眠っている」のを、起きるまで待とう、と劉備がする。
「三顧の礼」の話の中でも、有名な逸話なのですが、
これをゲーム内で実現させているんですよね。





でも、眠っているのを、起きるまで待つなんて、
普通にゲーム画面を放置していても変わらず。
どうしたものかと思っていたら・・・

「コウメイがねています。
おこしますか」





ここで、「いいえ」を選んだ後に、
「カーソル」が出ているのを無視して
「ボタンを押さずに待つ」ということが必要になるのです。


「わかるかー!!!」(爆)

当時の私は、これが解けなくて、
結局、攻略本が出るまで先にすすめなかったものでした。



でも、これが「ノーヒント」というわけでもないんですよね。

実は、ゲーム中にきちんとヒントがあるんですよね。
ホウトウの庵を訪ねるといる変なおじさん。
普通にプレイしている分には単なるアホキャラなのかと思いますが、
実はこのキャラが、そのヒントとなっています。

このキャラとのやりとりの中で、
「10回クイズ」をやるくだりがあります。





普通にゲームをプレイしていたら
「はいはい、言ったことにしてボタン押すよ」
となるわけです。
ところが、ボタンを押すと、
「そうではありません
ほんとうにいってください」
というメッセージとともに「カーソルが止まる」んですよね。





つまり、「放置しておく」ことで「進む可能性」を、
ここで示唆してくれているんです!!

これ、当時は気がつきませんでしたが、
大人になって、改めてプレイしていて初めて気がつきました。



そうかー、そうだったんだな・・・と。

ゲームをプレイしていて、そうした「可能性」を
いろいろと追及していたゲームといえば、
この「天地を喰らう」と「たけしの挑戦状」の二作品が、
私の中では「二大チャレンジゲーム」だと思っておりまして。

今回は、そんな「チャレンジゲーム」
「天地を喰らう」から学ぶ 「可能性を追求すること」
として紹介させていただきました。

機能やシステム面ではなく、
「やり方を工夫」することでいくらでもまだ
おもしろさを追求できるんだってこと。

何度やっても、そのすごさに感服いたします。

そんな視点で、またみなさんもやりなおしてみてくださいませ。




※ 最後は、呂布の最期でしめておきます。


おまけ。

私の好きな、このゲームの音楽を堪能する、
ということで、二曲ご紹介させていただきます。

中ボス戦の音楽


ラスボス戦の音楽

  


Posted by くみちょう at 16:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月07日

「スーパーアラビアン」から学ぶ 「行くべき時を待つ姿勢」

「スーパーアラビアン」から学ぶ 「行くべき時を待つ姿勢」





あれっ、実は私「サン電子」が好きなんじゃないのか?
なんてことを思ってしまいました(笑)

ということで(?)、今回は「スーパーアラビアン」です。
なつかしいなあ、と思う部分もありながら、
実はけっこう頻繁にやりなおしているため、
「いつものゲームだよね」という感覚もあるわけです。

さて、この「スーパーアラビアン」
どんなゲームかというと、





敵を倒したりかわしたりしながら、
袋(宝物?)を集めていくというゲームです。

アラビアンという名前の通り、
海賊船や、洞窟の中、魔法のじゅうたんなどの
「これぞアラビア」ってイメージのステージで、
ゲームが構成されております。

集める袋には、それぞれアルファベット1文字が
書かれておりまして、
すべての面において、「順番通り」に取ることで
英単語ができあがる仕組みになっております。





たとえば、1ステージ目は「ANIMAL」とかですね。
で、その順番通りに取ることでボーナスポイントがもらえます。

順番を失敗すると、ボーナスは得られません。





敵は、「カラス」と「ピンクのスライムみたいなやつ」
がいて、けっとばして倒したりするわけですが、
意外と、簡単に倒せそうで倒せないんですよね。

いや、普通に近寄ってくる分には余裕なんですが、
上から降ってきたり、微妙に半分ズレていたりすると、
こっちのキックがあたらなくてやられるわけです。





また、同じ種類の敵が二匹重なると
「合体」して「こっちに向かってくる」という。
「なんじゃそりゃー!!」な能力がついておりまして。





まあ、2ステージまではサクサクとクリアできるのですが、
3ステージ目の「魔法のじゅうたん」が曲者でして。
一気に難易度が跳ね上がります。





タイミングによっては、魔法のじゅうたんに乗っても
「上にいけないよ」というのがあるので、
きちんとタイミングをはかって上に登っていかないといけません。

また、魔法のじゅうたんのタイミングはぴったりでも、
たまたまそこに敵が落ちてきたりすると最悪。

魔法のじゅうたんの上は、クネクネしているため、
まずまちがいなく、敵にやられます。

そういう時は、ガマンしつつ、
また下からやりなおすしかないのです。





また、クリアに時間がかかりすぎると
巨大なお化け(?)が出現します。





そんな理由もあり、3ステージ目までしか見たことがない人も
たくさんいるのではないでしょうか。

小さい頃の私も、ほぼここで全滅しておりました。

でも、これが不思議なことに、
嫌な感じではなく、絶妙なゲームバランスを
つくりだしているのが、
このゲームのおもしろさなんですけどね。



さて、そんな「スーパーアラビアン」から何を学んだのか。
それは「着実にルートを構築」した上で、
それを「ガマンして時を待って進む」ということ。

上記の通り、3ステージ以降は
「魔法のじゅうたん」が肝になってきます。
で、その「魔法のじゅうたん」は、
動きが早いものや遅いものもあり、
行き来の仕方によっては、次の足場に乗り合わすことが
できない場合が多々あるわけです。

で、むやみやたらと「魔法のじゅうたん」に乗っていくと、
上から降ってくる敵を避け損ねたり、
せっかく登っても、最後必要な土台に乗れないために、
また下からやりなおしになることが多々あるわけです。

ここで大切なことは、
「このタイミングでなら、上まで行ける」という
そのルートをしっかりと構築しておき、
そのタイミングまで待つことなんですよね。

それができないと、ひたすらにミスを繰り返すだけになります。


このことを学べないうちは、
3ステージ目をクリアすることはほぼ不可能。
4ステージ目に至っては、まずクリアできないと
言っていいと思います。

一見「かんたんそう」に見えるこのゲーム。
だけど、実は奥が深いんですよね。
その奥深さを踏まえた上で、楽しむためには、
やはりしっかりと考えないといけないわけです。


「行くべき時を待つ」
そのためのルートの構築と、
しっかりとした判断。

これが、スーパーアラビアンをプレイして
身についたことです。


でも、これがなかなかに難しいんですよね。
待っているうちに焦れて動いてしまうこともあるわけで。
「待てない自分」にも気づかされます。

ということで、大人になってもなかなかにクリアは難しいんですよね。


でも、がんばりますよ!!!
っておっしゃー!!!やっとクリアしたぜー!!!

おそらく、クリアしたのは数年ぶりじゃないでしょうか。





いやー、うれしいですね♪

そしてクリアすると、パスワードだか、キーワードが出てくるのも、
サン電子のシリーズの特徴でもあるわけです。





ちなみに・・・

タイトル画面で、やっぱり難易度を変えられるのですが、
難しくしてプレイしたことがありません。

なぜなら、LEVEL1でもむずかしいから。
こんなの、高難易度でクリアできる人いるのでしょうか。。。

でも、せっかくだから、いつかは攻略してみたいですね。  


Posted by くみちょう at 06:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月04日

「ルート16ターボ」から学ぶ じっくり見ると見えてくる

「ルート16ターボ」から学ぶ じっくり見ると見えてくる





このゲームは、なんてジャンルになるんでしょうか。
レースゲームではないし。うーん・・・
「鬼ごっこ?」
というか、「シティコネクション」もそうですが、
「敵から逃げながらアイテム集める」ってゲームは、
アクションというべきか、なんというべきか。

でも、当時この手のゲームはたくさんありましたよね。

「パックマン」や「マッピー」も、
考えてみたら同じ「ジャンル」なのかな。

というわけで、追いかけっこゲームです。

ちなみに、タイトル画面でセレクトを押すことで
難易度調整ができるということを、
大人になってはじめて知りました(爆)


子供の頃は気がつかなかったなー

ちなみに、私はこのゲームの音楽大好きなんですよね♪
なんでしょ、別にものすごい名曲だとか
そういうことじゃないんですが、
なぜか耳に残るというか、記憶に刻まれるというか。
でも、人におススメできるかと言われたら
「うーん・・・」って(笑)


さて、この「ルート16ターボ」
画面を見てわかると思いますが、
「アイテムがどこにあるのか」
というのが、子供心にはさっぱりわかりませんでした。





特に、「拡大画面」(各区画内)の時には問題ないのですが、
「黒画面」(区画外)の縮小されている時には
「なんじゃこりゃ!?」
と困惑していたものでした。

本当に初期の頃なんて、適当に十字キーを押して、
たまたま別の区画に入れたとか、入れないとか、
そんなことを繰り返していたのを、いまでも覚えています。
仕方がないので、「手当たり次第」に、
出たり入ったりを繰り返しながら、
アイテム収集を心がけていたわけです。

そのため、悔しいですが、一面すらクリアすることが
できなかったんですよね。

くーやーしー!!!(>0<)






だけど、ある時ふと気がつきます。

「ご飯だよー」
と親に呼ばれて、タイム(スタート)を押して、
放置してご飯を食べて戻ってきた時、
ふと、「あれっ?もしかしてこの黒い画面でも、
敵の位置だとか、アイテムの位置がわかるんじゃないの?」と。
※気づくの遅すぎます

そこからは、ようやくとクリアできるようになったわけです。





そう、「ルート16ターボ」から学べたこと、
それは「じっくり見ればわかる」ということ。

通常、タイムを押すと、画面が見えなくなるとか、
自分や敵の姿が消えるとか、そういうゲームが多い中、
このゲームは、そのままで「タイム」ができます。
実は音楽もなりっぱなしになるんですよね。

それのおかげで、「じっくりと」見ることができ、
そのおかげで「そうかー!!!」と気がつくことができました。





一見して、何がなんだかわからないものでも、
じっくりとみることによって、
「ああっ、そうか!!!」と気がつけることって
他にもあるものなんですよね。

時間をかけて、じっくりとひとつのものを見ていると
それだけで、「気がつかなかったこと」に気がつける。

そういったことに気がつけたのは、
この「ルート16ターボ」のおかげです。

ということで、
「ルート16ターボ」から学ぶ
「じっくり見ると見えてくる」でした。





そして、クリアするたびに出てくるこの文字。
全部集めて、取説についていた応募用紙かなんかに
書いて送ると何かがもらえた記憶があります・・・

何がもらえたのか、いまになっては謎ですが、ね。



ちなみに、なんで「ルート16」なのかとか、
そういったことがさーっぱりわからないので、
調べてみました。そしたらこちらのサイトさんが、
詳しく説明をしてくれておりましたので、
みなさまにもご紹介したいと思います。

「ゲーム中毒 ルート16ターボ」

「16区画あるから、ルート16なんだー」とか、
「悪の組織「カンハルー」の秘密基地に
愛車「マッドエックス」で乗り込む」とか、
ストーリーがあったんだーなど。

いまになって知ってちょっと感動してます(笑)





ちなみに、チェッカーフラグをとると、
一定時間敵よりも強くなるのか、敵が逃げるようになるのですが、
そんなことすら、当時は気がつきませんでした。

・・・よくそれでクリアしていたもんだな(^^;)  


Posted by くみちょう at 14:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月03日

「ロードランナー」から学ぶ やり過ごすことの大切さ

「ロードランナー」から学ぶ やり過ごすことの大切さ





「ロードランナー」
これまたハドソンの名作ソフトです。

ちなみに、「ボンバーマン」を全クリすると、
「ロードランナー」になれるというのは、
ボンバーマンをクリアしたことがある人じゃないと
わからないネタですよね。

むしろ、いまや「ボンバーマン」の方が
メジャーなので、この「ロードランナー」の主人公と
人気が逆転してそうですが。

まあ、そんな話はおいといて。





「ロードランナー」
落ちている金塊をすべて回収すると、
画面上部につながるはしごが出現するので、
それを登っていくとクリアになるゲームです。

で、主人公は、「ボタン」を押すことで、
「穴」を掘れるんですよね。
Aボタンで右側を、Bボタンで左側を。

あとは、上下左右で移動。
はしごを登る時だけ、上下を使います。





まあ、普通に主人公を動かして置いてある「金塊」を集めるだけ。
なら、なんとでもなるゲームなのですが、
実はこのゲームの肝は「敵」が「金塊」を取る、ということにあります。

敵である「ロボット」が、金塊を持っていない状態で
金塊のところを通り過ぎると、必ず金塊を「持ちます」

その金塊を吐き出させる方法は、
「自分で吐き出すまで待つ」か、
「穴を掘ってそこに落とす」の二通りしかありません。





さて、敵は、基本的には主人公を追いかけてきます。
が、その認識は、まず「同じ高さ」にいるかどうかをチェックして、
「同じ高さ」にいたら、続いて「同じところ」に移動する、
という思考ルーチンで行動してきます。

そのため、壁を隔てていたりしても、
横のラインで並んでいたら常にこっちに向かってくるという、
実際には壁に向かってずっと突進を続けることになるわけで。

一見すると「おバカ」な行動をする敵なんですよね。

でもそれが、奥深いゲームにすることを
生み出しているんですよね。


序盤は、単に普通に敵をかわして、
金塊を集めるだけでいいのですが、
そのうち、頭を使わないと金塊がとれないようになってきます。

で、そこからがこの「ロードランナー」の真骨頂です!!





あえて敵に取らせておいて、そこから取るとか、
敵の動きを呼んで、「敵の頭の上に乗る」ことで、移動するとか、
そうしたことが必要になるんです。

そうなってくると、単なる「アクションゲーム」から、
「謎解きパズルゲーム」に変わるんですよね。

これが、ロードランナーを
名作にもしている理由にもなるし、
人によっては「こんなんできるか―!!!」と
投げ出す理由にもなる(笑)


さて、そんなロードランナーから何を学んだのか。
それは、「やりすごす」ということの大切さ。

このゲーム、敵を倒すとそれで終わりではなく、
「画面上部」から、また復活して出てきます。
そう、倒しても無限に出てくるので、
あまり倒す意味がないんですよね。

もちろん、上記「パズル」としての要素として、
あえて敵を倒した後に、そうして敵に集めてきてもらうこともまた、
必要になることもあります。

でも、原則、倒す意味がないのです。

だけど、「ゲームと言えば敵を倒すもの」
として、やってきている自分としては、
ついつい、倒し続けちゃうわけです。
むしろ「倒さなくちゃいけない」と思っちゃうんですよね。

でも、やればやるほど、
「倒すよりも、足止めだけすればいい」
ってことに気がつきます。





これが、現実世界でも大切なんですよね。
いまある問題を「解決する」だけではない。

とりあえず「保留」にすること。

その場をなんとかやり過ごすだけにしておき、
問題を後で解決する、ということができるわけです。
もちろん、その場で解決する力があるのであれば、
それはそれでひとつの方法ではあります。

が、もしいま自分が問題を解決する力がないのであれば、
ひとまず「保留」をしておき、
力を付けてからあとで「解決」すればいい
ってことは多々あるわけです。

また、解決するにはすごい労力がかかります。
でも、やりすごすだけであれば、
そこまでの労力はかかりません。

もっと別にやるべきことがあるのであれば、
今はやり過ごして、別のところに力を入れるということも
必要になるんですよね。
そうした「やり過ごすこと」というのを学んだのが、
この「ロードランナー」をプレイしていて学んだことです。


ということで、
「ロードランナー」から学ぶ
「やり過ごすことの大切さ」でした。





PS.チャンピオンシップロードランナー、
買ったのはいいけれど、結局50面を適当に
パスワード入れてプレイして、そこしかクリアしてません。
意外と、50面は楽だったけど、ほかが難しいんですよね。
というか、当時の自分にはとてもクリアできなかった・・・
  


Posted by くみちょう at 22:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月02日

「闘いの挽歌」から学ぶ 一気に駆け抜けることの大切さ

「闘いの挽歌」から学ぶ 一気に駆け抜けることの大切さ





「闘いの挽歌」とは、

「西暦199*年。地球は核の炎に包まれた・・・」
な感じの世界観の中で、剣と盾を持った主人公が、
敵のアジトに乗り込んでいくゲームです。

・・・ぶっちゃけ「北斗の拳」の世界ですよね(笑)





考えてみると、カプコンはこの手のものが多いですよね。
まあ、ほとんどがおもしろいからいいわけですが。

ちなみに、いままで思っておりませんでしたが、
ひさしぶりにクリアした今になって思えば、
ここに出てくる奴らの今後は、
ファイナルファイトだったり、
ストリートファイターだったり、
というところにキャラクターの技や見た目が
引き継がれていっているのではないかとも。

そういう意味では、それらのゲームの元祖かもしれませんね。





さて、ゲーム自体の仕組みについて、ですが。

よくあるアクションゲーム。。。とはちょっと違います。

Aボタンで「盾」を出す
Bボタンで「剣」を振る
ジャンプが「上」
移動が「左右」
しゃがむが「下」

Aボタンを押したまま十字キーで
その方向をガード。





いまのゲームに比べたら、たいしたことありませんが、
当時は結構操作に手間取ったものです。

(実際、盾はほとんど使いませんでした)

そして、音楽がまたノリが良くてはまるんですよ!!
カプコンの横スクロールアクションは
まったくもって名作が多いですよね。





全部の面がかっこいい曲だと思いますが、
個人的には4面が、なんか脳内に残ってまして。
小学生時代、この曲に載せて
なんだか適当な歌を歌っていた記憶が・・・(笑)

また、途中途中で、回復アイテムや、「1UP」
パワーアップアイテムである「P」なんてのが
隠されていて、特定の場所で剣をふることで出現します。
(たいていはマンホールの中)
それをうまく活用しながら攻略していくんですよね。






で、この「闘いの挽歌」
購入した当時、めちゃくちゃハマりまして。
毎日のようにプレイして、
ノーミスクリアできるようになった時には、
本当にうれしくてたまらなかったものです。





今回、そんな当時の記憶をたどってプレイしてみました。

ステージ1は、まあ予定通りにクリアをしまして。
ちょこちょこダメージをくらったものの、
まあ余裕だなって感覚です。

が、ステージ2の後半にて、まさかの瞬殺(ToT)
水の中から出てくる「炎を吐く怪人」と
魚と、上からの爆撃攻撃によって
よもやの連続攻撃をくらい、あっけなくダウン。

・・・まじか(*0*)

下手になっている、というか、
「何の苦労もなくクリアできた記憶」
しかない自分にとって、よもやの苦戦。

そして一回ゲームオーバーになりました(^^;

「おいおい」

でも、ここでワンミスしたあとは、順調にクリアしていきました。

・・・というか、なんだか間のステージが
「手抜き」に感じたのは私の気のせいでしょうか?(^^;)
そのくらい、サクサクっとクリアできました。
なんだか、身体が覚えているものなんですね。





小さい頃に苦労して覚えた敵の攻略方法が
身体の中に染みついている感覚です。

特に「ボス」戦に関しては、
ほとんどのボスをノーダメージで過ごしましたね。
というか、攻略覚えるまでは、
ひたすらやられまくった記憶が(^皿^)





そんなわけで、なによりも難しかったのは、
結局「ファイナルステージの雑魚」だったわけで(爆)

だけど、いまクリアしてみても
「ああっ、よくできたアクションゲームだな」って思いますね。


さて、そんな「闘いの挽歌」ですが、
いったい何を学んだのか、と言えば、

「一気に駆け抜けることの大切さ」です。

普通、「着実にクリアしよう」とか思うと、
しかも「盾」がわざわざあるゲームなんだから、
敵の攻撃をガードしながら、
少しずつ進んでいけばいいやと思いますよね。

ところが、このゲームはそうはいかないんです!!

むしろ、ちょっとでも立ち止まると、
雑魚が無限に湧き出る上に、
ちょっと離れて攻撃してくるナイフ野郎や
上から爆撃してくる雑魚にぼこぼこにされます。





実は、勢いに任せて
一気にすすんじゃったほうがいいんですよね。

特にこのゲームは、
「攻撃力アップ」である「P」
これがあるかないかで難易度がぜんぜん変わってきます。

特にファイナルステージのボスや
ラスボス相手になると、この違いはすごく大きいです。





だけど、このアイテムはワンミスすると無くなります。
だからこそ、ノーミスで進むことが大切になるんです。
その意味でも、「勢い」にのって突き進むことが必要になるんですよね。


現実において、
たしかに「着実に進む」ことも大切なんですが、
「勢い」にのっていけるところまで行くということもまた
大切なことなんじゃないのかって。

一度立ち止まると、
次に進むのが容易ではないことは多々あります。
特に、「この場を完璧におさめてから先に進もう」
という感覚でいると、永遠と先にすすめないことになります。
ある程度は立ち止まることもあったとしても、
「放置しておいて先に進もう」
という部分も必要で、そうした「見切りをつける」
ことについて、「一気に駆け抜ける」ためにも、
大切なことだなと、気がつかせてもらいました。


以上、「闘いの挽歌」から学ぶ
 「一気に駆け抜けることの大切さ」でした。





ちなみに、ネタバレになりますが、
ラスボスの弱点が「足」なんですが、
(飛び込んで斬りこんだ後に、
すかさずしゃがみ斬りをすると攻撃が当たる)
ラスボスの名前が「アキレス」ということを知ると、
また「よくできてるなあ」と思うわけですよね。





「私はただ駆け抜けるだけのことだ」
by アナベルガトー

おまけ 「闘いの挽歌 クリア動画」
  


Posted by くみちょう at 08:35Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年02月01日

「忍者じゃじゃ丸くん」から学ぶ 正面からぶつかるだけではダメ

「忍者じゃじゃ丸くん」から学ぶ 正面からぶつかるだけではダメ





ということで、ジャレコの名作アクションゲーム
「忍者じゃじゃ丸くん」
さりげなくお兄さんの
「忍者くん」のだるまのほうが
個人的には印象深かったりしてますが(笑)

・・・だったらそっちを取り上げろよ!!!
と言われたら「そっちは持ってないんだよ!!」と返すわけで(^^;)

となりのなかよしさんちが「忍者くん」持ってて、
それ貸してもらっておもしろかったから
「忍者じゃじゃ丸くん」を買ったという経歴がありまして。

小さい頃は、よくファミコンカセットを
友達と貸し合いしたものですよね。

で、気がつくと誰んちに行ったかわからなくなるの(爆)



・・・話がそれました(笑)

「忍者じゃじゃ丸くん」

主人公である忍者の「じゃじゃ丸」くんを操り、
「なまず太夫」にさらわれた「さくら姫」を救い出せ!!
というのがストーリーだったと思います。





操作としては、これまた単純明快。

Aボタンでジャンプ
Bボタンでしゅりけんを投げる
左右で移動

という、単純明快な形です。





敵は、「妖怪」なんですが、
これまた個性的でかわいいキャラなんですよね。
「雪女」である「おゆき」からはじまり、
「カラス天狗」の「くろべえ」
「からかさお化け」の「カラカッサ」などなど



かわいく、コミカルなキャラクターたちがたくさん出てきます。

音楽も、また頭の中に残る曲なんですよね。
テンポよく、かつ「忍者」の雰囲気に合う曲で、
気持ちよくプレイできます。


ゲーム内は、「四段」に分かれていて、
各段の行き来は、原則として
「ブロック」を壊して、そこから進みます。

そのブロックですが、壊した時に
様々な「アイテム」が出てくることがあります。





小判(黄金小判・白い小判 それぞれ得点)
ばくだん(こんな●●●黒い丸が三つ連なったもの ワンミス)
が出たり、





3つのパワーアップアイテム
「赤い丸薬」(ナルトで言う兵糧丸でしょうか。動きが早くなる)
「手裏剣」(手裏剣が飛ぶ距離が長くなる)
「あやしい薬」(透明になれて、一定時間無敵)
が出たりするわけです。

ちなみに、それを取らずに次のブロックを壊すと、
出ていたアイテムは消えてしまいます。


そのあたりをうまく使いつつ、
すべての敵(各段に2匹ずつ、計8匹)を倒すと
そのステージをクリアすることになるのですが、
各ステージとも、一匹ボスがいまして。

はじめの面は、全員「おゆき」なんですが、
次の面からは、「くろべえ」がボス。
その次は、「カラカッサ」がボスになる。
そして雑魚は、前回までのボスが雑魚になるという。



そんな感じで、どんどんとクリアしていくわけです。


でも、そんな「じゃじゃ丸」くん。

普通に考えたら正面から「手裏剣」投げまくれば
クリアできそうなものですが、
残念ながら「敵」(特にボス)の方が
「動きが早い」ため、正面から戦ったらまず負けます。





だって、こっちが手裏剣を一回投げている間に、
敵は3回くらい攻撃してくるわけですよ。
とてもじゃないですが、打ち合いをしたら負けます。

じゃあどうするのか。

「だまし討ち」です(笑)

先ほど話をしましたが、
「4段」に分かれている画面のうち、
「ボス」は必ず画面最上段にいます。

こちらからブロックを破壊しない限りは、
絶対に向こうから降りてくることはありません。

また、敵はこちらに出会えない状態である限りは、
画面を決まった方向に移動し続けるだけです。
左に行ったら、画面左端にぶつかるまで左に、
右に行ったら、画面右端にぶつかるまで右に、
その繰り返しなのです。



そこで、その動きを読み、
ブロックの真下で待って、
ボスが真上を通過したところで、
ブロックを壊して後ろから手裏剣を投げる。





または、上記の「パワーアップアイテム」を取得して、
こちらも強くなった状態で勝負を挑む。





あとは、敵をふんずける、
敵にこちらからうまくぶつかることで、
一定時間敵が「ピヨピヨ」して動かなくなるので、
そのあたりをうまく使いながらクリアしていきます。



うん。卑怯ものだ(笑)


ではなくて。それも立派な「戦術」なわけです。
真っ向から挑んだら負けるわけですから、
一対一での勝負。正面からではなく、どうやったら勝てるのか。
それこそ、創意工夫をしながら勝負するわけです。

そして、自分が有利な状況に立ったところで勝負する。
それがこのゲームのポイントなのです。

そう、「正面からぶつかるだけじゃダメ」なんです。

問題点にぶつかった時に、真正面から正直にぶつかること。
それもまた、一つの手法ではありますが、
それで勝てるようになるまで成長するのも一つ。
でも、いまの状況で何とかするためには、
「上から」「横から」ぶつかる方法を変えたり、
「道具」を用意したりと、いろんな工夫をすることが大切。

現実においても、いろんな問題にぶつかった際に、
気がつくと、ついつい「正面からどう勝つか」ばかりに
目が向きがちですが、そんなことはないんですよね。

たとえば、人との討論の場だとして、
相手がものすごくわかりやすい論理で話をした際に、
自分も論理で勝負しようとする必要はないわけです。

「それじゃあ、私は笑いをとっていこう」等、
やり方はいくらでもある。
別に相手の土俵に乗る必要はないんですよね。

そういった、「創意工夫」「相手と土俵を変える」ことで、
問題点をクリアすることって、いくらでもできるんですよね。


そんな「創意工夫」や「土俵を変える」という視点が身につけられました。

ということで、「忍者じゃじゃ丸くん」から学ぶ
「正面からぶつかるだけではダメ」でした。


PS.ちなみに、アイテムを三つ集めると、
その瞬間「ガマ」を呼び出すことができ(無敵)
あとは敵を食べるだけという状態になります。





これで必ずクリアできるわけですが・・・
そのあたり、「必ずしも、手に入っていないアイテムが出る」
というわけではないあたり、ゲームバランスがとれているというか、
よくできているところだなあと思うわけです。

  


Posted by くみちょう at 22:53Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学

2012年01月31日

「迷宮組曲」から学ぶ 最後まで見て判断する

「迷宮組曲」から学ぶ 最後まで見て判断する





「迷宮組曲」
このゲームは、ハドソンの名作ですね。
主人公「ミロン」を操作して、
さらわれた姫を救い出すために、
敵の城に乗り込んでいく、という。
マリオとかと同じで、ストーリーはよくあるところです。





ゲーム自体は、アクションゲームです。
マリオと違い、横スクロールだけではなく、
縦にもスクロールするところなどが、違いでしょうか。

また、攻撃手段も「バブル」で攻撃するという
一風変わった攻撃方法をとります。

また、はじめは連射ができませんが、
ステージ途中で敵を倒すと出てくる
「パラソル」を取ることで、連射ができるようになります。





また、謎解きやアイテム収集の要素もあり、
道中で、「炎」の中を突き進んだりする際に、
「火を防ぐためのチョッキ」を購入したり、
壁を壊すための「トンカチ」を入手したりと、
単に、最上階にいるボスのところにいけばいいだけではありません。





途中途中で、そうしたクリアに必要なポイントとなる
アイテムをきちんと入手していく必要があるのです。

そのためには、「お金」を集める必要があるのですが、
この「お金」が、敵を倒しても出ません。
各ステージで、決められた箇所の「壁」を崩すと
出てくるようになっています。





そのため、そのお金を探して集めないといけないし、
むやみやたらとお金は使えません。
同じアイテムでも、高く売っているところや
安く売っているところがあるので、
そうしたことも合わせて、効率よく買っていく必要があります。

それでも、ゲーム自体のテンポのよさ、
秀逸な音楽、心地よい難易度・・・ではなく、
ちょっと難しめではありますが、
それがかえって「迷宮」に挑む気持ちをもたせてくれています。





さて、このゲームがなんで「組曲」なのか。
実は、ステージごとにある「♪」(がっきのはこ)を
見つけて、それを取ると「ボーナスステージ」に行けまして。
で、そのボーナスステージが、
「♪」を取得することで、そのとった数に応じて
最後にボーナスとしてお金がもらえる仕組みになっています。





で、それがはじめはたんにドラムだけ叩いているだけで、
他のメンバーはなーんにもしていないのですが、

「がっきのはこ」を集めるたびに
だんだんと楽器の数が増えていき、
最後はオーケストラになるのですが、
これが最後のほうはすっごく感動するんです!!!





とりあえず、序盤の三つくらいの場所だけ、
こうして見せてみますが、
これを集める、どこにあるか探すのが、
このゲームの醍醐味だったりするので、
ぜひみなさんも探してみてくださいませ。


さて、そんな「迷宮組曲」
名作だ、と言われつつも、クリアできないで
嘆いていたみなさんもおおくいらっしゃると思います。
その一つの理由が、「井戸の中」
これが難しくてどうにもならない、という人
結構いると思うんですよね。

かくいう私も、小学生の時分、なんどやっても、
この井戸の中でゲームオーバーを繰り返していたものです。


で、一時は「クリアなんかできないよ!!」
と嘆いたものですが、
本当に、もう徹夜で徹底的にやりこんで、
クリアした時には本当にうれしかったものです。


さて、そんな「迷宮組曲」から学んだこと、
それは「評価は最後までやってみてから判断する」ということ。





ボーナスステージとなる「がっきのはこ」
これ、クリアした当時としても、
「単なるボーナスステージ」としてしか思っていませんでした。

ところが、あらためて何度かプレイしてみた時に、
「あれっ、もしかしてちょっとずつ音楽が増えている!?」
ということに気がつくわけです。
ベースだ!!シンバルだ!!と。

そして、最後まで集めきった時の感動!!


もともと、このゲーム自体、難しいということもあり、
「おもしろいんだけど、クリアできないんじゃしょうがないよね」
くらいなことを言っていました。

でも、あらためて、こうしてクリアできるようになって
再度このゲームのことを評価したら
「超名作!!」
と評価できるわけです。





そう、物事の評価というのは、
単純に自分ができる範囲、知っている範囲だけで、
決めていいものじゃないんですよね。

あとになってから、
「ああっ、そうだったのか」
と気がつくことってのは多々あるわけで。

その時に「あれはたいしたことない」
とか言ってしまっていると、
あとから手を付けづらくなるんですよね。

そう、物事を評価するなんてのは、
「あとから」でもいくらでもできる。

すぐに評価を下すのではなく、保留しておき、
最後までやりきってから、評価すればいい。

そのことを学べたのは、
このゲームのおかげです。

ということで、
「迷宮組曲」から学ぶ 「最後まで見て判断する」でした。

ちなみに、おまけということで、
クリアできないで嘆いていたみなさまに。
全部の楽器を集めた上でのクリア動画があります。

もちろん、超絶プレイなので、
普通の人は、ハチの巣やパワーアップしたりをしながら、
着実にプレイするようにしてみてくださいませ。

「迷宮組曲 全楽器の箱収集済みクリア」
  


Posted by くみちょう at 20:00Comments(0)ゲームで学ぶ人生哲学